ギター/Fenderのオタク的知識

 

デビュー当時はバカよばわり?  
Fenderは1950年シカゴ・コンベンションにおいてエスクワイヤーを展示。
世間からは次のようなコメントもあった:
板っきれ
弦つきトイレのシート
カヌーのパドル(ボートをこぐやつですね)
ブロードキャスター ==> テレキャスター

ブロードキャスターという名前をテレキャスターに変更したのは、当時音楽業界で
一流だったグレッチ社(FRED.GRETSCH Mfg.Co.) のドラムのシリーズ名に
似たような名前 (Broadkaster) が使われていた為というのは有名な話。
スペルが違っていてもGRETSCH社はすでにBroadcaster という名前のTrademarkを
所有していると RTEC (*1) へ1951年に申し立てた。 当時は弱小企業だった
Fenderはグレッチとけんかをしてもいいことはないと判断し、その頃大普及がはじまった
テレビにあやかってテレキャスターと改名した。
ちなみにFenderは又どこかからイチャモンをつけられるのをおそれて、予めRTECに
テレキャスターという名前で問題はないかを調べてもらった。(*1) : RTEC (Radio & Television Equipment Co.) 初期 Fender ギターを実際に販売していた会社今やGretschはFenderの子会社。
うーん、盛者必衰の理をあらわしちゃってますね
Bigsbyから見たFender

ポール・ビグスビーがカントリーギタリストのマール・トラビスのために作った
ギター(Fig1)は最初の(少なくとも使い物になるギターという意味では)
ソリッド・ギターとして有名です。ビグスビーは他にもビブラート・ユニットを
作ったりとかなりの発明家だったようです。
マール・トラビスによればフェンダーがこのギターを2日間彼から借りて、その
数週間後にエスクワイヤーが発表されたそうだ。
(この話をフェンダーは否定している)
確かにソリッド・ボディ、片側に並んだペグ、ボディを貫通して裏側で止まっている
弦等と共通点が多い。(こちらは、スルーネックだが)さらに言えば、ヘッドのデザインはストラトでおもいっきり真似されているし、
そもそもビブラート・ユニットをミュージシャンの間ではやらせたのもビグスビー
の方が先なのだ。ビグスビーは死ぬまでフェンダーが自分のアイディアを横取りしたと思って
いたらしく、「フェンダー」の名前を聞くだけで2分以内に怒り出したという。
そんな訳だから彼もギブソンとか他の楽器メーカーのトップとは仲良くしていたが、
フェンダーとだけは付き合わなかったそうです。

さて、こうした背景をふまえていれば、テレキャスにビグスビーのアームを
付けたらどういう事になるかは容易に想像できますね。
はっきり言って呪われます

Fig2のようにFenderのFが刻印されているものならともかく、Fig3のように
Bigsbyとしっかり書かれているものはビグスビーの霊がだまっているはずが
ありません!

(呪いの体験談、及びお払いの方法を知っているという方はぜひ連絡下さい)

bigsbyok.GIF (16941 bytes)

bigsbyno.GIF (23931 bytes)

Fig.2

Fig.3

bigsbyguitar.GIF (33431 bytes)

Fig.1


すっごく深いマニアのOnodera氏から、フォレスト・ホワイトの著書からの抜粋と
氏の考察をいただきました!

「ビグスビーから見たフェンダー」に関してのコメントですが、マール・トラビスに
よればフェンダーがこのギターを2日間彼から借りて、その数週間後に
エスクワイヤーが発表されたそうだ。・・・とあります。
私がかつて読んだフォレスト・ホワイトの著書によるマール・トラヴィスとの関連ですが
(本当がどうか私には判りませんが)・・・フーラトンにほど近いプラセンティアという小さな街で、1946年から1947年の土曜日
の夜に催されていた、クリフィー・ストーンのプロデュースするショーがあり、当時、
レオはラジオ・サービスをまだ経営しており、PA装置等のレンタル業を通じて、PA
システムがきちんと機能しているか確かめるために、このショーに出かけることが
あり、ある晩、マール・トラヴィスが演奏している中、レオがパーティーに訪れた・・・
そうです。レオは、さっそくマールが使っているギターのどんなところが気に入っているのか
聞いてきたので、その長所をすべて説明し、自分自身でデザインしたことや、P.A
.ビグスビーが作ってくれたことなど、できる限りの自慢話を並べた・・・そうです。するとレオは、自分でも同じようなものを作ってみたいと、次の土曜日までそのギター
を貸してもらえないかと言い、翌週の土曜日、レオはそのギターを返してくれた。
と同時に、それとほとんど同じ自分のギターを持ってきて、試しに使ってみてほしいと
言うので、マールは喜んでそれに従った。装飾が施されたバーズアイ・メイプル以外
の点では、ビグスビーとほとんど変わらないものを、レオは作って来たのである・・・
とあります。

また、レオはPA装置一式を3セット作り、それを1930年~1947年まで貸し出しており、
「アンプとPAは、副業として貸し出していたに過ぎない」と言っているそうで、2人
の接点は1947年後半のようで、またギターを貸し出したのはキッカリ1週間と言うことの
様です。また、この観点からは1947年後半から数週間後にエスクワイヤーが発売
されたのでは時期的に付合しないとも思われます。(一応参考としてのお話です)

こうした事が仮に事実であるならば、レオは研究するに十分な時間の中、あらゆる
部分の研究をしたものと推測します。また、同じモノを作り上げることで、そこにある
あらゆるノウハウを自分の中に取り込んだのかも知れません。いずれにせよ、
ビグスビー作のソリッド・ギターとの出会いに、現在自身が手掛けているスティール・
ギターに変わる大いなる可能性を見いだしていた事と思います。

長くなりますが、話は続きます。この時のヘッド・チューナーは、3対3でクローシャン・
ヘッド・デザインでは無かったとの事です。

この後の1948年6月12日、フォレスト・ホワイトが、自作のラップ・スティール・ギターと
友人から購入したプレミア製のアンプを積み込み、初めてレオ・フェンダーに面会
しているが、その際、工場の作業台のひとつに寝かされていたギターのボディを
記憶している。それは1枚板で作られたソリッド・ボディだったが、埃を被っており、
しばらく放ったらかしにされていた様に思われたようです。

またその際、持参したプレミア製のアンプにレオが興味を示し、フォレストの思惑
通り、フェンダー・プロ・アンプとの交換を果たしたのだが、幸いな事に、レオの仕事
を手伝っていたエンジニアのレイ・マッシーがトレードを成立させたその場に丁度
居合わせ、「ポール・ビグスビーに会いにダウニーに行くことになっているんだが、
一緒に来ないか?」と誘われ、レオと別れた後、早速レイと共にダウニーに向かって
います。

レイ・マッシーとポール・ビグスビーは知り合いである、にも拘わらずレイがレオ・
フェンダーの工場からやって来たことは一切話さなかったそうで、(ここが重要な
ポイントだと思われますが)ビグスビーは、47年にマール・トラヴィスがデザインした
ソリッド・ボディのエレクトリック・ギター(冒頭で話に出てくる最初のもの)を作った
ことをフォレストに話してくれ、マールのギターとよく似た外見の、完成したばかりの
ギターを見せてくれた。フォレストは、その場で写真を何枚か撮った・・・。
(この時点でのものは、既にクローシャン・ヘッドであったと思われます)

以上で一応終わりますが、おそらくここから想像する事は誰でも同じような事を想像
するのではないでしょうか?大変長くなりましたが、多少参考にでもなれば幸いです。


ぺぐ

1950年代圧倒的なシェアを誇っていたパーツ・メーカーといえばクルーソン (Kluson) 社。
当時はFender, Gibsonをはじめほとんどのギター・メーカーはクルーソン社製のペグを
使用していたので、各社はペグの形状を変えることによって個性をだそうとしていた。
このペグは螺旋を切ってある所がブラス製だったこともあって、ガタつきが多かったのだが
他にいいペグがなかったのでこれを使うしかなかったらしい。
(1967年 Fenderはクルーソン社をからシャーラー社(Schaller)のペグに変更した。)
グローバー社 (Grover) がロトマチック・チューナーを開発してからは各社はみんなこれに乗り換えた。
(クルーソン社大ショック!=>倒産への道まっしぐら)
その後は Schaller, Gotoh や Sperzels 等によって改良が加えられて、現在はどこもかなり精度が高い。オールドのコピーやビンテージ・モデルのリプレースメントとして使われる現在のクルーソン・
タイプのペグは、ブラスで弱かった所をSteelに変更し、ギアー比を 14対1 か 15対1
として (オリジナルは 12対1)より精度の高いチューニングができるように改良されている。

ところで昔Klusonって倒産したはずなのになんで今もあるの?

調べたら、WD Music Products という楽器のパーツ会社が
70年代につぶれたKlusonの商標が再使用できるように
なってからすぐにKlusonの名前を使用する権利を買って、
さらにオリジナルKlusonの設計図等も入手し、当時と全く同じ
工程で再生産しているんだそうだ。

うーん、なんか本物が復活したと言うよりは、
金儲けの為に全然違う所が名前だけ使っている
みたいなんで、いまいちオリジナルといっていいのかどうかわからない存在です。

 

 

ニトロセルロース・ラッカー
エレクトリック・ギター界ではおそらく一番人気があるというニトロセルロース・ラッカー。
1968年位までのオールド、現在の高級機種等に使用されている。何回も重ね塗りを
しなければならず、乾燥も遅いし造る側からすれば大変だが、普通は(*2)ポリエステルや
ポリウレタンより塗装膜が薄いので「ギターの鳴り」をあまり邪魔しないのとの説が有力。 (*3)
でも一番の魅力は年代と共にカッコ良く擦り切れて色褪せていく所かも?
悪い事もあります。これって製造過程で結構有害なガスを出すので、アメリカの州によっては
使用を禁止している所もあります(*4)。(ギタービルダーで健康を害する人も多い)
ちなみにFenderの工場は全米で最も厳しいカリフォルニア州の規制をパス出来る
最新の環境コントロールシステムがあるからOK。
(*2)
実は最近の技術ではポリ系でも塗膜を薄く出来る。
(*3)
コラム:ニトロ・ラッカーは本当に最高か?を見て下さい。(*4)
ワシントン州では例えごく少量の使用でも禁止されている。
でも、不思議なことにワシントンにある工房などに「ニトロで塗って」とお願いすると
「よしきた、まかせて!」という所が何箇所かある。(バレなきゃいいのかな?)
非対象ヘッドのルーツとは?
歴史的に見てテレキャスの何が革新的だったかという話の一つに、多くの書籍やWebsiteが
「片側一列に並んだ非対象ヘッド」と述べているが、上の「Bigsbyから見たFender」を見て
わかるようにテレキャスが一番でない事は明らか。
じゃあ、Bigsbyが一番かって? ちっちっち、浅い! ・・・という訳でちょっと調べてみました:

martinold.GIF (24011 bytes) legstyle.gif (22957 bytes) まず見つけたのがC.F.Martin。 1838年に Fig1の
ようなギターを開発していました。
で、解説に 「このデザインは1830年頃のStauferの
ギターに強い影響を受けている」とあるので、その元と
なったギターがFig2。なるほど、これがルーツか?と思いきや、このギターの
説明に 「このギターはオーストリアのメーカー Johann
Staufer and Georg Riesがルイジ・レニアーニのデザイン
にインスパイアーされて造った物」とある。では、これをデザインしたルイジ・レニアーニとは何者
なのか?

Fig1

Fig2

 

ルイジ・レニアーニ(Luigi Legnani)
1790年11月7日イタリーのフェルララに生れ、九歳の時ラヴェンナに移り音楽教育を受けた。
最初はテノール歌手として活躍、1816年ラベンナの劇場でのギター演奏が認められ、1819年
ミラノでの演奏会で不動の地位を築く。1819年ウィーンに行き、ヴァイオリンの鬼才ニコロ・
パガニーニの伴奏者としても有名。又、楽器製作者リーズやスタッフェルに自己設計による
ギターの制作を依頼し、制作技術の向上に協力した。1862年帰国し、1877年ラヴェンナに
おいて87歳の高齢でこの世を去った。

なるほど、かなり多才な方とおみうけした。パガニーニの伴奏やるってだけでも絶対タダ者ではない。

さて、これ以前にはこの手のヘッドは(今の所は)見つからないので、この
ルイジ・レニアーニが一番
と言ってしまいましょう!

lute 直接には関係ないかもしれないが、一応考慮に入れておきたいのがリュート
という楽器。ある種のリュートのヘッドはテレキャスやストラトのように、ナットを
過ぎてからも弦がまっすぐにペグに到達できるようにヘッドに角度がついてた。
Fig3
アイディアとしては同じでしょ?
さらに、このリュートの起源は「アラビアのUdという楽器が起源。ルネッサンス期
に中東からヨーロッパに入ってきたらしい」とあるが、この辺になると もういろんな
説があるらしく、ヘッドの構造はどんなだったか?なんていちいち書いてないので
これ以上はわかりません。ギター/リュートのそもそもの先祖はもっとずっと古いけど、そこまでやると
非対象ヘッドのルーツじゃなくて単に歴史解説になってしまうのでやめときます。
でも案外、調べたらエジプト文明あたりの壁画にストラトみたいなヘッドの古楽器
とかあったりして・・
ま、後で都合が悪い事実が発見されたらもう「オーパーツ」扱いにして
見なかった事にして下さい。

Fig.3

 

テレキャスのスクリュー

日本の雑誌やカタログだけを信じれば、52年RIモデルはすべてマイナスのネジを使っているのが
正しいように思えてしまうのだが、実際はプラスもありという説を聞いたので調べてみました。

 

1950年:
すべてマイナス
1951年の間:
トラス・ロッド、ネック・ジョイント、コントロール・プレート、ストラップ・ピンがプラスに変更1952年のはじめ:
ブリッジ・ベース・プレートを止める4つのネジがプラスに変更1952年のおわり頃:
ピック・ガードを止めるネジがプラスに変更1953年夏頃までは、リアーPU、PUセレクターのネジにマイナスが見られたが1953年の
終わりまでにはすべてプラスに変更された。

なるほど。では、これをふまえて試しに昔NYのオークションに出たクラプトンの52年テレの
詳細を調べてみると、ほとんどがプラスでマイナスは以下の所だけだ。

ストリングガイド、リアーPU、PUセレクター

上の資料とつじつまがあっていますね!

しかし、ちょっと待てよ。 じゃあ現在売っている52RIの「すべてマイナス」というのが今度はおかしい。
だって上の資料が正しければ、すべてマイナスのテレキャスは遅くても51年が最後ではないか!
困ったなー。何を信じたらいいんですか?!

(結論: そんなのどうでもいいだろう!)

 

 

CE マーク

Fender USAのギターを店で見た人は気づいたかもしれないが、ネックのジョイントプレートに
「CE」というステッカーが貼ってありますね。

これは1996年1月1日からヨーロッパで電気製品を売るためにはなくてはならない物で、
「体に安全です」とか「法に規定された規格に準じています」みたいな印なんだそうだ。

96年ですよ。憶えておいて下さいよ。これは出ますよ。

って何に!?

 

ブリッジ・カバー

一部の変わり者以外には灰皿にするしかないというこのカバーは1983年の中頃まで存在していた。
現在はリイシュー位でしかお目にかかれないこのカバーだが、ここでリイシューのオーナーに調べて
もらいたい事があります。まずどこかにしまっておいたブリッジ・カバーを探して、その裏面を見て下さい。
50年代初期のモデルを正確に再現していると言うならここにハンダ、又はハンダの跡が付いていないと
「ちっちっち」なのだ(*1)。 これは当時のカバーをメッキする時の作業の名残で50年代中期以降はこの
プロセスが変わった為に跡は見られない。
では、そもそもこのカバーはなんのためにあったのか?
正解はわからないけど、あれってもしかしたらレオ君が外のノイズからPUを守るつもりで
付けたのではないだろうか?だってテレってフロントPUにはカバーが付いているのにブリッジPUには
ないですよね。 だからあのカバーを付けて初めてフロント、リアー共に完璧(?)なシールドが実現できると
考えたって説はどうでしょうか?あと別の考え方としては、ギターの弾けないレオ君は「ブリッジに手をのせた時に弦がミュートされたら
困るじゃないか!」と考えたという説はどうでしょう? これは初期ストラトにもトレモロブリッジの部分に
カバーが付いていたことを考えるとありそうな話でしょ?
ストラトのブリッジカバーは絶対ノイズシールドってつもりではないだろうし。ま、どっちもただの推測ですけどね・・(*1) 本物のオールド所持者の方でハンダが付いているぞという方、おめでとうございます、
「銀のくちばし」が当たりました。5個集めれば金のテレキャスがもらえるかも?
という訳で実際にどの部分にどれだけの大きさで付いていたのか教えて下さい。えっ、なんでかって?
だってこんな話聞いた以上、テレキャス弾きなら誰だってブリッジカバーと見れば正確な位置にハンダ
落としておかないと気が済まないでしょう。(実際に使うことはないにしても)

—————————————————————–

ヤノさんからレス&想像をいただきましたので紹介します。

 > あれってもしかしたらレオ君が外のノイズからPUを守るつもり > で付けたのではないだろうか?    
ウン!なるほどプレベ・ジャズベはちゃんとPUの上にカバーありますね。
手を置く為だったら、
特にPUの上でなくてもいいですからね。
それかもっと単純に想像すると・・・・ レオナルドのおっさんは、
電気屋さんだからテレビと同じに機械はケース
に入ってるものという固定観念があったからでしょうか?

> 「ブリッジに手をのせた時に弦がミュートされたら困るじゃないか!」    
なるほど!基本的にレオナルドのおっさんが設計したフェンダーギターは
カバー着きですからねー。  
デュオソニック・ミュージックマスター・エレクトリックマンドリン
ジャズマスター・ジャガー・ムスタング・・・・・  
どれもブリッジにカバーついてますよね。
ジャガーなんかはミュートするスポンジまでついてます。      
ボクの想像は・・・・「イモネジの出っ張ったブリッジに手が当たったら
痛いじゃろ、それはテレビの
中身が剥き出しだと危ないのと同じじゃから
のー、ほなカバー着けといたろ。汗で錆びんように
メッキも忘れたらあか
んでー。」ジャガーを作る頃になって「社長!ミュート奏法ってのがある らしいでっせ!
ピアノみたいに伸びない音も使ってリズミカルに演奏する
わざです。」「そうなの?じゃわざわざ手を弦に
当ててミュートせんでも
エーようにスポンジ着けときなはれ。でも演奏の途中でもミュートがかか ったり、
かからん様にしたりと切り替えできる様に設計しとかんとあかん
やろなー。」のちにムスタングベースに
ミュートを着けて「これエーやん
」と言う評価があったがCBSさんは「あんまり需要の無い開発せんといて」  
なんて事だったので「じゃかましい!ミュージックマンって会社を作って
やる」といううことで、スティングレイ
ベースやセイバーベースには標準
装備されてファンクやロックの定番ベースとなっていったのだった。  
(ああなんて本当の話のように想像で話せるんだろう・・・)
   
ということでこのはなしはおしまい。
   ヤノでした。

・・でも、なんで関西弁?

—————————————————————–


来た来た! Vintage User 小川さんからハンダ付きブリッジカバーの写真をいただきました。
serial number # 3240
neck date 28/7/52
ということなのでネックは52年製(あたりまえ)、#3240は手元の資料によれば53年終わり近くから
54年1月の間ということになる。(うっ、高いぞ、このへんは!)

はじめまして、こんにちは。
いつも楽しく (と言うよりは) 勉強させていただいてます。
さて、拝見させて頂きました、ブリッジカバーの件ですが、資料を送らせて頂きます。こんな感じで
いかがでしょうか?参考になればと思います。
それと、今でもブリッジカバーはパーツとして入手出来るみたいですよっ!石橋楽器の池袋店で
パーツのコーナーに置いてありました。フェンダー.ジャパンより発売になっているようです。
そこで、フェンダー.ジャパンに尋ねたところUSAの付属で付いているものと全く同じ物でわざわざ
アメリカから取り寄せて売っているとの事でした。チェックしてみてください(^^)!

さあ!みんな、池袋店へ走れ! その後はわかっているね。

(なんかこのコーナーってマジでオタクっぽくなってきたな・・・)

—————————————————————-

偽者二号さんからBBSに情報をいただきましたので、ここに転載します。

先日、旅先の楽器屋で、ブリッジカバーを探してもらったらキズがあるので半額に
してくれた。
 早速取り付けてわかったことを報告します。 なんと、意外なこともわかりました。 
ノイズがほんの少し減るんです。
試しに、テレビに近づけて、付けたり外したりすると、
つけたときにはビーンというノイズがへるんです。
でも、欠点があります。 環境にもよるんですが、
ハウるときがあります。
 
欠点としては、指紋がついて汚く見えるので、だらしない性格と思われます。(笑)
 
あっ、そのほかにも生音が少し変わります。
まっ、そんなこんなで、気になる人はつけてみては如何でしょうか。


ジョージ ハリソンのオール・ローズ テレ

Let It Beのセッションで見られる彼のオール ローズ テレキャスターは
1968年にFenderが造った ローズ製ストラト、テレキャスの中の一本。

これはあのPhilip KubickiがR&D 部門で働いていた時に造ったギター。
George用にテレが一本、ジミヘン用にテレとストラトが一本づつ
造られた。(でもジミヘンには実際には渡されなかった)

HendrixのギターよりもGeorgeのテレの方が納期が早かった
事もあって優先的に開発された。

元RTECの社長、当時のCBS FENDERのMarketing Departmentの責任者
Don Randallもこのギターの開発状況をやたら気にしていて何度も作業場に
見に来ていたそう。

ちなみにPhil KubickiはFenderをやめてから独立して
Philip Kubicki Technologyという会社を始めて、カスタムギターやアコギ、
その他ボディやネック等のパーツを造っていました。その後は
Factor™ Kubicki TechnologyであのFactor Bassを造っていますね。

68年はFenderがBeatlesにいくつかのギターや機材をあげたとされている
年だが、実際にはうわさほど多くの物はあげていないのだそうです。

Beatles解散後、GeorgeはこのギターをDelaney Bramlettにタダであげて
しまいました。「おぉっ、さすが気前いいっ!」と思うのだが、Georgeはしばらく
後で「やっぱり返して」とお願いしたけど断られている所が少し情けない。

さて、このBramlett。タダでくれたGeorge本人にも返さないで、よほど気に入って
いるのかと思ったら、98年に20万ドルでこのギターをオークションに出して
ボロ儲けを狙ったりしていました。(しかもこれが売れなかった)
あ、あのねー・・・

 

 

Body材質

ASH
ある物は非常に重く、又あるものは非常に軽いというように、Ash は
固体差の激しい木材です。水分が多い地域で育った木は水を多く含むので
木目は大きくなります。そして、それがギター用として乾燥させられると軽い
BODYができるという訳です。 水分が多いというのは地域以外にも例えば
同じ木でも下の方が上の方より多いとか、夏よりは冬等といろいろな要因が
あるようです。

FenderはBODYの材質には当初あまりこだわらなかった(カタログにも詳しく書いてない)
ようだが、70年代に入ってから「軽いBODY」と宣伝しているのに軽い材が手に入り
にくくなったため、BODYの見えない所をけずったりしたモデルもあった。
(実際、ギターを軽くするという事がThinlineを開発する大きな要因の一つだったそう)

ash.jpg (20779 bytes)
American White Ash

 

Mahogany :
実はマホガニーと呼ばれる木はひとつではない。 南米産のCuban, Honduras,
Spanish/Brazilian マホ等が「真の」マホガニーとされていて、その中でもブラジリアン・
マホガニーが最も一般的な木だという。 しかしマホの需要が非常に多いため、
良く似ているというアフリカの Etandrophragmaもマホとして売買されるんだそうだ。
さらに Red Lauanという別の木もPhilippine マホガニーと呼ばれているからややこしい。

bmahogany.jpg (15374 bytes)
Brazilian Mahogany

 

Bodyのピース

Vintageといえども2ピースか3ピースが主流で1ピースBodyは意外と少ない。
でも、 別に3ピースだから音が悪いということはないので心配する必要はない。
(5ピースだって無茶苦茶「鳴る」ギターだって存在します)
ちなみにVintageの2ピースはセンターで合わせていない個体の方が多い。

Bodyの形

70年代初期にFenderは初めてNCルーターを導入したのだが、CBSの管理下では
何台も買わせてもらえなかったので、この頃は昔から使っていたピン・ルーターと併用していた。
この初期型NCルーターは、テレキャスの上側の肩の部分を正しく削り出せないという問題が
あった為、70年代のBODYは形が違うものが出回った。
(多くのコレクターはこれを「醜い」と考え嫌っている)
この状態は9年位続いたが、81年の中頃にCBSから来た新しいマネージャーがこの「間違い」に
気がついて、NCルーターのプログラムと刃を直させたということだ。
(おそらくこのマネージャーとはFenderを立て直すためにヤマハから来た人の事だと思われる。)

beautytele.GIF (11716 bytes) uglytele.GIF (16005 bytes)
左肩の所がこうなっているのが正しい コレクターから嫌われている間違いシェイプ

 

ラミネートBody
Bodyを5ピースで造っておいて、つなぎ目を隠すために表と裏に薄い板をラミネートしていたモデルが
なんとエリック・クラプトン モデルで発見された。これは「色を塗ってしまえば、どんなに材がボロくても
バレやしない」という昔の白いフォーク・ギター的な発想で、エントリー・モデルなら許すけど、
高いクラプトン モデルでやられた日には「なめとんのかい コラーッ!!」となってしまう。

この件についてFender USAに問い合わせてみました。この手の質問は無視されると思っていたのに
Fenderの担当者は親切に答えてくれました。 以下はEmailでのやりとりの抜粋です。

筆者 私の友人がラミネート・Bodyのエリック・クラプトン モデルを発見しました。
Fenderは不透明カラーのモデルでよくこういう事をするのですか?
Fender 親愛なるKatsumi君へ:
私(担当者)の知る限りでは、エリック・クラプトン モデルにラミネート・Bodyは
ないはずだよ。まぁしかし、 American Standard ストラトには非常に薄い板を
トップとバックに付けているんだけどね。
(だーら、発見したんだっつってんのにー!)
筆者 何故ラミネート構造にするのですか? 発見されたモデルは、別にトラ目でも
なんでもない不透明カラーだったのですが?
Fender やあ、元気かい、Katsumi君!
Bodyっていうのはいくつかの木材をくっつけてからカットするんだ。ってことは木目の
パターンがいつもマッチするとは限らないだろう? だから「均一性」、「見た目の美しさ」の
為にラミネート構造にするという訳なのさ! わかってもらえたかい?
なんか相当ナメられてんな、私って・・

しかし、あまりにも予想通りの理由を全く悪びれる事なく答えられると拍子抜けしてしまう。
彼の口調(筆調?)に「罪悪感」等は全く読み取れなかった。

音をチューニングするためのラミネート構造(例えばレスポールみたいな)なら良いのだけれど、
Bodyのつなぎ目を隠すために薄っぺらい板貼るっていう「後ろ向きなラミネート」はなんかなー・・

今現在わかっている情報をまとめてみました。(テレonly)

#アメスタは普通はラミネートあり。(でも時々なしというモデルも混ざっている)

#アメスタでもナチュラルFinish Ash Bodyのものはラミネートなし。

#メキシコ製のクラッシック・シリーズはラミネートなし。
(3ピースか4ピースが多いとされているが探せば1ピースもある)

#メキシコ製のスタンダード・シリーズは最高7ピース(!)のポプラかアルダーにラミネートあり。
(実際はほとんど全てが7ピースのようだ)

#Fender USAに罪悪感なし。

#カスタムショップだって平気でラミネートする。

#アメスタの後継、アメリカン・シリーズからはラミネートなし。

#Fenderは国内用と輸出用で微妙にスペックを変える事がある。
(余ったパーツを処理する為か、海外ディーラーからスペックを指定されるのか・・真相は不明)

 

GibsonからみたFender (1)

Theodore M.McCarty(*1) 語録

「レスポールはレオ・フンンダーに対抗する為に作った・・
フェンダーはポール・ビグスビーのギターをコピーして本格的な生産をはじめようとしていた。
これはまずいという事でGibsonもソリッドギターの開発に乗り出すことにした・・」

「(レスポールの)トップにカーブをつけたのは、なんといってもフェンダーが当時カービング・マシンを
持っていなかったので差をつけたかったからだ。」

「当時主なギター会社はマーチン、ギルド、グレッチ、ケイ、ハーモニー、エピフォン等だったがみんな友達だった。
みんな自分の製品に誇りを持っていたし誰も人の真似はしなかった。フェンダー以外はね。」

あ、嫌われてるな、やっぱり)

「フライングV、エクスプローラー、モダーン等の変形ギターの開発のきっかけもレオ・フンンダーだ。
彼はGibsonは古いとか、新しいアイディアがない等と批判していたようだ」

(*1) 1950年から1966年までのGIBSON黄金期を築いた名社長。 150人だった従業員が彼がやめる頃には
1200人位になったほど会社の業績を飛躍的に増大させた。レス・ポール、ES-335、SG、フライングV、
エクスプローラー、ファイアーバード等の名器を数多く発表したのも彼の時代。又、彼はチューンーOーマティック等
数多くのパテントも取得するという技術者でもあった。1966年からはBigsby社の社長に就任。2001年4月死去。
業界には彼を崇拝するファンが多く、あのポール・リード・スミスもその一人。

GibsonからみたFender (2)

さて、正確に何年の事かは資料がなくてわからないが(おそらく80年以降)、GibsonはFenderを訴えた事がある。
Gibsonの業績が落ち込み、変わりにFender、又はFender系クローン・メーカーのトレモロ・アーム付きのギター
ばかり売れるようになったので、Fenderが何か裏で市場操作しているにちがいないと申し立てた。 しかし、
この訴えは裁判になる以前の調査で、そのような証拠が全く見つからず 「なにバカなこと言ってんの?」と、
あっさり棄却されたそうだ。

(あうぅー、なさけない!  確かあんたらは Orville By Gibsonの立ち上げの時だって本当はFender Japanが
やってるみたいに、ヘッドにGibsonって書きたかったのに、「Gibsonの名前は使わせん」って断ったでしょ。
そんならもっと誇りをもって堂々と構えとかんかい!)


Gibson V.S PRS

GibsonがPRSのSinglecutはレスポールにそっくりだって訴えてた裁判。

一審では
「オーマイガッ!こいつは全く区別がつかないくらい似ているギターだ!」
となってPRSはGibsonに損害賠償金を払わなくてはならず、さらにSinglecutは
取りあえず売っちゃダメよって判決だったのでPRSが上告した。

2005年9月の上告審では今度はPRSが勝ってSinglecutもすぐに生産販売を再開しました。

裁判でのGibsonの申し立ての

「スモークが出ているようなコンサートホールで観客はアーティストが
持っているのはどっちのギターなのか区別が出来ないじゃないか!
これは明らかにトレードマークを侵害している!!」

っていう主張は全く相手にされず

「実際にGibsonとPRSを間違えて買ってしまうのはおバカのみ(only an idiot)である」

との判決でした。しかし公文書である判決文中に「idiot」って言葉が出てくるあたり、
裁判官や陪審員達の
「くだらねー裁判で人の時間を無駄に使わせてんじゃねーよっ!」
という叫びが聞こえて来るようです。

PRSも、この当たり前な事を証明するのに膨大な金と時間と労力を使ったって言って怒ってました。

って事はあれですかね? みんなが思ってた通り、やっぱり一審の陪審員と裁判官も
idiots
だったって事ですよね。

さらに、判決文の中には

「だいたいあんたらレスポール売り出してから何年経っているの?
最初にCopyrightとかTrademarkをきちんとやってなかったくせに今頃ガタガタ言わないように」

みたいな内容まであったのだそうです。

 

GAS

用語のお勉強です。
GASって知ってますか? Guitar/Gear Acquisition Syndrome の略で、要するに
「ギター・ギアーを買わないと気がすまない症候群」 の事だそうです。
プロ、アマ、コレクター等の区別なく一度感染すると治癒は非常に 難しく、
治ったかに見えても10年後に再発の恐れもあるという 難病ということだ。
で、これが発症する事を医学界ではGAS ATTACKと呼ぶ。

ちなみに女性でギターを弾く人は知っていても、この病気にかかった女性は見た事がないはずです。
女性ホルモン中に免疫となる成分があるのでは?との仮説が現在有力らしいです。
(そーいやギターに限らず女で何かのコレクターってのはめったにいないなー・・)

Tadeo Gomez

氏の写真を入手しました!
T
彼はもうこの世にいないのだそうです。残念・・

(えっ?誰って? あ、いや・・そーいう人はもういいです。)

ちなみにT.G氏の子孫(子供だか孫だか家族)は、彼はVintage Fenderギターを語る上で必ず登場する
有名人だっていう事をギターマニアから聞くまで知らなかったのだそうです。

(・・ってもうついて来れない人多いですか?)




よく見るとこのデカールってちょっと変? 

黒枠と中のシルバーがずれてるんですけど・・

でも実はこれって本物です。
当時のプロセスはシルクスクリーン。違う色を印刷するには別のスクリーンを
セットし直さなければいけません。印刷業界で働く某氏の分析ではこれは
まずシルバー、次ぎに黒の順。次におそらく2コートのクリアーラッカーが
吹いてあるそうです。黒用スクリーンのセット時にずれてしまって
「ま、いっか」状態でそのまま使ったのでしょう。手動だと1ミリ位の
誤差はめずらしくないそうで、かえってちょっとくらいずれてた方が
本物っぽいという見方もあるんだそうだ。

 


Flying V の考察

(全然Fender/Tele関係じゃないけど。
っつーかギター関係の情報ですらないのか?)

「Flying V」でweb検索してたら面白情報がありました。
なんか「Flying V」ってのはギターの固有名詞じゃないみたい。
でも回りのアメリカ人に聞いても

「Flying V? いったいなんだい、それは?」

・・・だから、よほどの愛鳥家か学者じゃないと知らない言葉らしい。
ギターとはあまり関係ないかもしれないですが、一応知っていれば
プレイをする上で何かの参考になると思います。

で、いくつかのサイトを見て学んだ要点はこんな感じ:

Flying V

グースや他の鳥の群れは何故Vの形になって飛ぶのか?
昔はこのフォームだと全員が敵を監視し易いから等とも考えられてきたが、後の研究で
「この形で飛ぶと一番ラクに飛べる」という事実が発見された。
全体が大きな一つの翼のように働いて風が流れるので、例えば25匹がFlying Vで飛べば
一匹で旅をする時よりも最高で70%も遠くまで行ける
もし、あるグースがV フォーメーションからはずれたら、そのグースはすぐに
「うっ!なんかツラい!」
と感じるのですぐに正しいポジションに戻る一番先頭のグースはVの正確な頂点よりは少しさがった位置にいるため
思ったよりは疲れない
(なんで?)先頭のグースが疲れたらローテーションして他のグースと変わる。
先頭は責任のある仕事だが、別に「群れのボス」がいつも先頭という訳ではない===で、ここからが感動です===

ペースが乱れた時、後ろのグース達は前のグース達を元気づけるために鳴く。
この鳴き声の意味は人間社会にあるような、トロい車に向かって
「はよ行けや、このボケッ!」
と言うクラクションとは違い、あくまでも元気づけるための意味らしい。
(どうしてわかるの?)

もし一匹が疲れたか病気になって落ちていく時、群れから二匹が一緒に付いていって
面倒を見てあげる。その二匹は落ちたグースが再び飛べるようになるまで、もしくは
死ぬまでずっと行動を共にする。そして再び飛ぶ時は、自分達の群れに追いつくまで
他の群れのFlying Vに入れてもらう事もある

カナディアン・グースはNew Yorkにはたくさんいます。いつも

「何も考えないで芝生とか雑草ばかり食ってるやつら」

だと思ってたけど、
なんか「助け合い」とか「思いやり」といった、人として見習うべき所がたくさんある
愛すべき生き物だったのね・・

そんなこんなで結論:

以上の事から明らかなように
Flying Vってギターはメタルよりはむしろ癒し系の音楽に向いている!!
(とりあえずエンヤあたりに持たせておきましょう)



 

Leo Fenderの仕事に対する姿勢

by Mike O’malleyTDPRIにおいてMike O’malley氏が興味深い記事を投書していたので、本人に許可を得て
翻訳転載させていただきました。 彼は本も出版しているプロの歴史研究家で、個人的に
Fenderについてはかなり詳しい調査・探求をしているんだそうだ。

Fenderギターのフィニッシュ、木材等の話を語る時、Leo Fenderの性格とか個性というもの
を知っておく事は非常に大切だ。Leo Fenderはギターのチューニングの仕方さえも勉強しなかったという。 彼の一番の興味は
アンプとエレクトロニクスであり、ミュージシャン達と密接に関わってはいたが、「音」と同様に
「扱いやすさ」とか「信頼性」を最も気にしていた。 彼は「信頼性が高くかつ良い音がする」楽器を
作りたかったのだ。 そして今までになかったようなアイディアを思いつく独創性があった。しかしながら実際、彼はほとんど「利害関係」や「損得」で仕事上の決断をしていたようだ。
例えば、彼が swamp ash や alder を音がいいから使ったという証拠は一つも見当たらない。
彼がそれらの材を選らんだのは単に安定して供給ができ、しかも値段が安かったからだ。
そしてその後、それらの材の人気がでた為に変更せずに使い続けたのだ。
ローズ指板の採用にしても、その唯一の理由はメイプル指板がすりきれて汚くなっていく様子が
「醜い」と考えたからであって、決してローズの「音質」を考慮した訳ではない。彼がニトロ・ラッカーを使ったのは当時、車(!)の塗装に使われていた為に簡単に手に
入ったからだ。 誰が52年型 FORDの側面に塗られた塗料の音質特性について議論しただろうか?
安い、簡単に買える、そしてスプレーの仕方を知っている技術者がたくさんいるという理由で
ニトロ・ラッカーを使ったにすぎないのだ。こんな性格の彼は当然Gibsonが好きではなかった。いつまでも古臭い「クラフトマンの精神」とやらを
捨てられずにいたからだ。 何故レスポールにカーブド・トップが付いているのか? 見た目は良いが、
音質には関係ないではないか。 ViolinとかアーチトップのJazz ギターの遺物で「上品さ」をかもし出して
いるにすぎないと彼は感じていた。

もし彼がFinishと音の関係を少しでも気にしたのなら、きっと伝統的なViolin Finishを使っただろう。
しかし彼はそうはせず「塗れればよし」としたのだ。 彼にとって「伝統」は全く妨げにはならなかったし、
むしろそれを嫌っていた。
G&Lがストラトのコピーを始めた時も彼は嫌がっていたという。

Leoは独創的な発明家で、現実的、そして物事を前向きに考える人だ。
様々な配慮を施して信頼性が高くて良い音がして、かつミュージシャン達に手の届く製品を作った。
そして、才能あるミュージシャン達の手によってFenderのギターが使われた事によって「Fenderの
あの音」となった訳だ。

もしLeoが今日Fender社を始めたなら、間違いなく彼は何かの合成BodyにポリエステルFinishを
使うだろう。簡単に入手可能な物で面白く、伝統を打ち破るようなアプローチをとるだろう。
個人的には好きなギターではないが、今日Leo Fenderを想い起こさせるのはParkerだ。
Parker氏はミュージシャン達の意見と最新の素材を非常によくブレンドしようと努めているからだ。

Fenderギターの素晴らしいところはSwanp Ashでもニトロでもない。 それはLeoの独創性、献身さ、
因襲を無視する態度、そしてうまくいくならなんでも使うという姿勢なのだ。
さらに偉大なプレイヤー達 — 偉大なのは62年モデルを弾いていたからではなく、彼らの信じる
道を常に前進していたからだ。

(ふーっ、よし。 これでおしまい。 別にAshやニトロ信奉者を攻撃している訳ではありませんよ。)

Mike

 

Fender USA 工場ツアー・レポート

Fender USA 工場ツアー・レポート
by Chris Greene

FDP (Fender Discussion Page) のHost である Chris Greene氏が
Fender Factory Tour のレポートをForumに掲載しました。
彼の許可を得て当サイトに翻訳転載します。

Fender Corona manufacturing facility 一日ツアー・レビューこの日のツアーはUSA Operationsの副社長で、工場の責任者でもあるDoug Millsによって
行われた。Dougは忙しいだろうに、まる一日犠牲にして熱心にいろいろと教えてくれた。
彼はこの施設をまるで自分の子供でもあるかのように誇りを持っていた。「Fenderの上層部はただのスーツを着た連中」と考えてはいけない。Dougはカジュアルな
服装をした、ここ数年来私が会ったこともないようなとても気持ちの良い「重役」だった。彼はFenderがいつも FDP のDiscussionの内容をほとんど全て読んでいて、特に重要な
質問やコメントについては返答していると語ってくれた。

この施設はまだ新品同様で「高能率」、「自然にやさしい」のモデル的存在だ。

まず私達はネックとボディをくっつけているセクションに行った。それぞれの人が家族の
写真等で飾られた自分専用のパーティションを持っていて、ちょうど昔の古き良き時代の
Fullerton工場の写真にあるような(CBS時代のじゃなくてLeoの時代)感じだ。
Dougは話をした全ての作業員をよく知っているようで、彼等もDougをとても尊敬している
ようだった。そこには「典型的な上司とその部下」という雰囲気は全然なかった。

作業区域が各工程毎にあって、何人かがピックガードを組み立てていたり、ネックを
ボディに付けていたり、ボディとネックをカットするマシンを操作したりしていた。

Fenderは非常に洗練された環境システムで温度と湿度をコントロールしていて、全ての
木材をよくシーズニングしている。カットする前のハードロック・メイプル ネックの山が
あったので、いくつか手に取って見ると木目がストレートな物とフレイムが出ているものとが
あった。 だから物によっては美しいネックが付いているというような事が起こるのだろう。
ちなみにメキシコ製も含めて全てのネック、ボディはここで造られている。

最高7ピースのポプラ(いくつかはアルダー)でボディを造り、表面と裏面をラミネートしている
物もあった。これらはメキシコ製のスタンダード・シリーズに使われる物だ。

機械がカットしておおまかなボディ、ネックのシェイプを造り出すのだが、ほとんど全ての工程で
かなりの量の手作業がある。現在のFenderはロボットが造っている等と考えたら大間違いだ。

ネックのシェイプにはいくつかの機械があって、ある物は昔ながらのやつ、ある物は最新の
機械でといった具合だ。(Dougはこの新しいやつを本当に自慢していた。) 各工程の最終
仕上げの所は多くの手作業が入るので、これがギター毎の固体差となるのだろう。特に
ネックのFeelを変えるのは非常に微妙な磨きかげんなのだから。
フレットのFinishにも多くの手作業が費やされていた。

ボディの加工 も似たような機械だ。やはり人間がカットとルートの操作をしてから多くの
手作業が施されていた。

ピックガードを造っている所も又、大きな機械でカットしてからFinishやFoilを貼る等の作業は
全て手作業だ。

最も洗練されたワーキングエリアの一つとして、粉塵フィルタリング機能のある環境コントロール
システム付きペイント ルームがある。どこへ行くにも必ずエアーロックのようなガスケット付き
二重ドアを通らなければならない。二番目のドアーを開ける為にはボタンを押して最初の
ドアーを閉めなければならないのだ。これが最近のFenderのFinishが殆ど失敗が無いという事の
一つの要因だろう。 重ね塗りする毎にCuring Roomで寝かせておくのだが何日間なのかは聞くのを
忘れてしまった。

何故かは知らないがストラトとテレのボディだけは別のラックに分けて置いてあった。52RIと
American Deluxeシリーズはかなりたくさん生産しているようで、それらのほとんどは2ピースで
いくつかは3ピースもあった。唯一見た1ピースの物は特別注文のカスタムショップ製ギターだけ
だった。52RIの木目はある物は真っ直ぐ、ある物はウェーブがあり、またある物は「なんか変」
(私にとっては)というようにいろいろとあった。全てが極めて美しく塗装されていたので、これらを
買う人達はきっとみんな「自分は特にいいやつを買った!」と思うことだろう。

作業する人達はみんな自分の仕事が好きでやっているように見えた。これは以外と大切な事だろう。
いやいや仕事をやられたら、どんなに優秀なマネージメントでも結局うまくはいかないからだ。
Fender工場の人達は満足のいく給料と補償を得ているのだ。 もちろん何人かはパートタイムの
人もいるが、それらの人達にも正社員となるチャンスが与えられている。

ツアーの途中いたる所に検査にパスしなかったボディ、ネック、その他のパーツ等がゴミ箱に
山積みされていた。それらのパーツはこなごなにされるので、もし悪い社員が粗悪品を流して
ブラックマーケットで儲けようとしても絶対に不可能だ。Fenderは合格品のみを出荷するように
管理を徹底しているのだ。

最終セットアップはかつてのLeo時代のように二列になっているワークステーションで行われる。
それぞれの人が自分の好みのアンプを使って一本のギターをかなりの時間をかけて調整していた。
もしあなたが変なギターに当たったというのなら、それはディーラーの方を疑うべきだろう。かなりの
数のチェックと検査を通らなければFenderからは出荷されないのだから。セットアップをする人達の
多くは素晴らしいギターリストでもある。

Fenderのクォリティについて文句を言う人達がいるが、(まあその人達の言う事にも一理あるかも
知れないが、しかし)彼等は自分が言っている事について何もわかっていない。私は何年にも渡って
いろいろな工場ツアーに参加する機会があったのだが、Fenderの新工場はその中でもおそらく最も
すぐれたものだと思う。彼等は自分達のやっている事をよく理解し、プレーヤーとして何が求められて
いるかについて多くのリサーチをして、そして我々に伝統的な「Fenderとしての価値」がある製品を
供給しようといつも努めているのだ。


ここに書いたレビューはあくまでも私が見てきた、私個人の意見です。タダで昼食、帽子、Tシャツは
もらったけれど、タダでギターはくれませんでした。

Chris Greene

Comments